FC2ブログ

        

スポンサーサイト

category - スポンサー広告
--/ --/ --
                 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
                         
                                  
        

豚キムチとasianpopのリダ35

category - 訳してみた
2017/ 11/ 24
                 

キムチを使いきりたくて豚キムチにしました。
20171111150742637.jpg
玉葱1個をごま油で炒め、しんなりしたら豚を加え 味覇を小さじ1加えます。キムチを一つまみ入れて炒めたら出来上がり。火を止めてから黄色とオレンジのパプリカと菜っ葉を加えてお皿に盛ったらいただきま~~す。5分で簡単キムチ炒め。
寒い日にはあったまります。

今日は喪中はがきを作成しました。喪中はがきって、落ち込みますね。
友人のA ちゃんも今年お身内をなくして凹んでます。彼女のはがきも一緒に作成しました。「文面見ては泣き、宛名見ては泣き。」「わかるよお、おんなじ気持ちよ。」「今年の泣きおさめにしたいなあ、、、。」「うん、二度と喪中はがきなんて書きたくないなあ。」
同じ痛みを分かち合える友人がいてくれることに感謝しました。
涙流すことも時にあり。でも、一歩一歩前に向かいたいです。時に後戻りすることもあるけれど、それでも一歩一歩。

さて、うちの元気の源は、リダ、こと、キムヒョンジュンさん。インドネシアの雑誌のasianpopリダ特集号をグーグル翻訳機にテキストを広げています。ローマ字入力に似ている言語なんですが うちはやることがとろくって結構時間がかかるので、できる時間を見つけては頑張ってるの。一月以上かかってるんですがなかなか進みません。でもこつこつと。

リダの生い立ち、昨日のつづき。
音楽の道に進もうとした高校生の時のリダ。ご両親も心配して見守っています。
20171111150925523.jpg
Setelah berhasil lolos dalam tahap wawancara untuk menjadi trainee penyanyi, Hyun Joong lebih jarang pulang ke rumah dan hanya kembali saat dia diberi waktu istirahat.Sebagai seorang trainee,trainee ,Hyun Joong tidak memikiki uang saku Yang cukup. untuk pulang ke rumah dia seorang trainee, Hyun Joong tidak memiliki uang untuk membayar bus dan memilih uang saku yang cutup. Untuk pulang ke rumah dia harus menaiki angkutan umum,bahkan terkadang dia tidak punya uang untuk membayar bus dan meilih pulang dengan berkalan kaki.Meskipun Merasa Kesulitan Hyun Joong tidak pernah meminta uang kepada orang tuanya sekalipun ,tapi rasa cintanya terhadap keluarga tidak pernah pudar bahkan semakin mendalam.
ヒョンジュンは音楽の世界で生きていこうと固く決意し、その夢を追いかけて研修生になりました。めったに帰宅することはありませんでした。研修生となりましたが彼は殆どお金を持っていませんでした。 家に帰るためのバス代がなかったのです。家に帰るためには公共交通機関に乗らなければならなかったが、時にはバスの代金を払うことができなくて、歩いて帰宅せざるえなかった。それでもヒョンジュンは両親にお金を頼むことはありませんでした。だが家族への愛は深まっていました。

Hal ini ditunjukkan Hyun Joong saat  kakaknya yang pada saat itu sedang belajar di Ameika memutuskan untuk berhenti kuliah karena masalah biaya.Tanpa berkata panjang lebar, Hyun Joong justru memberikan sang kakak sebuah novel sebagai hadiah.
”Kak,tolong baca buku ini",pintanya pada sang kakak. Saat kakaknya membuka buku itu dan ingin membukanya, dia menemukan uang sejumlah 300juta won (3milyar rupiah)berbentuk cek,tersembunyi di dalamnya. Kakaknya yang terkejut langsung memberitahukan cek itu pada kedua orang tuannya.Berkali-kali mereka menghitung jumlah angka dalam cek tersebut, keluarga Hyun Joong masih tidak bisa percaya dengan apa yang telah dilalilan oleh putra dan adik kesayangan mereka.
Meskipun dia masih menjadi seorang trainee,tapi dia bisa mengumpulkan uang sebesar itu. Hyun joong kemudian mengobati kecemasan orang tuanya dengan kembal melanjutkan sekolahnya ke Universitas Kyonggi,fakultas musik digtal. Melihat tekat kuat anaknya untuk meraih apa yang menjadi impiannya,orang tua Hyun Joong akhirnya luluh dan berbalik memberikan dukungan besar padanya.
ヒョンジュンのお兄さんは当時アメリカに留学をしていましたが、お金の問題で大学をやめようと決意していた時 ヒョンジュンは一言も言わずにお兄さんに一冊の小説を渡した。「お兄さんこの本を読んでください。」 お兄さんが本を開いてみるとそこに3億ウオンの小切手がはさんであった。驚いたお兄さんはすぐに両親にその小切手を渡しました。家族は信じられない思いで、その小切手の数字を何度も何度も数えました。 ヒョンジュンはまだ研修生で、お金を稼ぐとは思っていないからです。
ヒョンジュンは高校にも復学し、研修生としてレッスンに明け暮れながらも、京畿大学デジタル音楽科に合格し、両親を安心させた。ヒョンジュンの両親は、息子が強い意志をもって努力に努力を重ねている姿を見て、ついにその夢を認め応援し始めた。

”Berdoalah sebelum melakukan sesuatu, " itulah persan yang selalu diucapkan sang ibu pada Hyun Joong.
Hyun Joong tumbuh semakin dewasa dan menyayangi keluarganya, "Karena kakak sedang melakukan wajib militer,kalian bisa
mengandalkanku.Oleh karena itu,di masa depan, jangan bekerja di Dongdaemun lagi,",ujar Hyun Joong yang membuat ibunya terenyuh. 
「何かをする前には必ず祈ってね。」それはお母さんが常にヒョンジュンに言っている言葉です。
10代半ばのころよりもずいぶん成長し、成熟したヒョンジュンは家族を非常に大切にしている。「お兄さんは今軍隊に行っています。だから代わりに僕が両親をみます。お母さん、もう、夜遅くまで東大門で働かないでください。」
母を心配し、ヒョンジュンは言いました。
Melihat kebaikan anaknya,orang tua Hyun Joong berharap hal-hal baik selalu menghampirinya. Tidak hanya menjadi penyanyi terkenal, tapi mereka juga berharap Hyun joong depat memiliki keluarga sendiri dan lebih bertanggung jawab.
彼の両親は常に常にヒョンジュンの長所を見て、幸運が来ることを願っています。有名な歌手になったことはもちろん喜んでいますがヒョンジュンが家族に寄り添ってくれることが何よりもうれしいと思っています。
研修生のころのリダ
研修生のころのリダ
20171111151044989.jpg
リダ、リダはご家族の愛情たっぷり受けて成長しました。親御さん、お兄さんのリダを思う心にもじんとしました。その恩を忘れずご家族を大切に思う気持ちにじんとしました。ファンならば知っている内容でしたが、改めてインドネシア語を日本語にすることで再認識し、感動も新たでした。
初めてのギャラでお父さんに車をプレゼントしたり、お母さんにクリームを買ったり、親孝行なリダのお話は数限りありません。
これからもご家族そろってお幸せでいてください。
赤ちゃんの頃からのリダのお写真を久しぶりに見ても、いかにご両親が大切に愛してきたかがわかります。
母親の一人として熱い感動を覚えました。
デビューする前の研修生のころ出会った4人の仲間もリダの人生にとって深い深いご縁のあった人たちですね。
M!PIC
このころのリダも愛らしかったです
ジョンミンとリダ
ジョンミンさんのお姉さんがバイトをしていたファミレスにあなたが働いていたことも縁でした。ジョンミンさんのお姉さんがきれいな子がいるって事務所に伝えて、あなたがDSPにやってきたこともご縁でした。
マンネとリダ
小学校6年生から研修生として頑張ってたマンネヒョンジュンさんとの出会いもご縁でした。
 リダとギュ
ギュジョン君が オーデションに合格し参加してきたこともご縁でした。
ヨンセンとリダ
そしてヨンセンさんが加入してきたこともご縁でした。
デビュー当時m!pic
5人で頑張ってたあの頃も宝物。
これからもファンを魅了し続けてください。



関連記事
                         
                                  
    
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。